Climate
パリ協定で表明された2℃コミットメント、世界が気候変動へ意識を向けだしたのは今に始まったことではありません。
同様に、気候の変化は短期的に引き起こされるものではありません。
人間の活動により排出された温室効果ガス(GHG)が大気中に蓄積され、健全な地球上のエコシステムを破壊し、近年の異常気象や世界中の環境的な災害を引き起こしています。
このようなイベントによる影響は人間でなく、企業の事業活動にも大きな影響を与えます。
現在では様々な機関が、企業が気候変動に適応できるようにするための便利なフレームワークやツールの開発に注力しています。
本記事では、気候変動をテーマに、気候変動の元となる温暖化が引き起こされるメカニズム、気候変動によって想定される重要なイベント、及び企業の気候変動に対する取り組みの紹介を行っています。
温暖化が発生するメカニズム
サステナビリティに取り組む企業やプラクティショナーにとって、気候変動の知識は必要不可欠です。
なぜならば、気候変動は業界を問わず多くの企業に影響を与える可能性のある代表的なサステナビリティ問題だからです。
気候変動をもたらす大きな原因は、人間の活動によって排出される二酸化炭素であり、二酸化炭素による地球温暖化の問題が取り上げられたきっかけは、今に始まったことでありません。
産業革命や文明の発展によって人間の活動が活発化し、資源の輸出入が可能になったことで多くの化石燃料が燃焼されるようになりましたが、その当時から歴史的な気温上昇は既に始まっています。
人間の活動の変化を通じて空気中の大気濃度のバランスが崩され、地球温暖化を初めとする多くの気候に関連する問題が引き起こされてきました。
まず、大気中に放出された温室効果ガスは暖かい空気を閉じ込め、空気を外に逃げにくくします。本来、大気はこのような働きを持ちません。
暖かい空気を閉じ込めた気体が地球の表面から反射してくる赤外線を外に放出することを防ぎ、エネルギーを逃げにくくします。地表面から地球の外へ放射されるはずのエネルギーが大気中の温室効果ガスによって逃げにくくなってしまうことを比喩して、温室効果ガスは”ブランケット”とも呼ばれます。
地球の表面から反射した赤外線が空気中でまた表面に向かって反射されることにより、表面がどんどん温められていきます。エネルギーバランスを保つために赤外線は反射をどんどん繰り返しますから、地球の表面もより一層温められることになります。
主に以上のようなプロセスで、地球温暖化が引き起こされています。
温室効果ガスの中で最も気候変動に影響を与えているものが、二酸化炭素です。
水も主要な温室効果ガスの一つですが、水の大気中にとどまる期間が一週間であるのに対して、二酸化炭素は五年間とどまり続けます。
人間の活動によって放出される二酸化炭素の55%は海、植物、土壌によって吸収されますが、残りの45%は既に二酸化炭素が循環している大気中に残されることになり、その後も人間が放出を続けることで大気中に二酸化炭素が蓄積されていきます。
また、メタンも大きな影響を与える温室効果ガスの一つです。
低い濃度で発生するものの、温室効果ガスとしての働きは二酸化炭素の働きの28倍にも達するとされています。
メタンも二酸化炭素と同様、大気中の濃度と地球の気温上昇・下降との間に相関関係が見られます。(もちろん、気温の変化には他の要因も関係しています)
二酸化炭素の排出に地域的な差があっても、一度大気に放出された二酸化炭素は大気の働きによって瞬く間に世界中に平等に拡散されるため、気候変動の問題は世界全体の問題と言っても過言ではありません。
異常な気象イベント
気候変動によって発生すると考えられる気象イベントとして、台風、ハリケーン、森林火災、洪水などが挙げられます。
台風やハリケーンは、屋外の建物や人命に甚大な損害を与えるだけでなく、がけ崩れや土石流などの二次災害を引き起こす可能性があります。近年でも、大きな被害を残した台風が記憶に新しいです。
また、地球温暖化によって、北極と南極の氷および山間部の氷河が溶け出しています。人里の近い場所で氷が溶け出すと、上流から流れる水量が増大し、洪水に繋がります。また、一度溶け出した氷河は一時的な水の供給にはなりますが、その後は氷河が復元されることはないので、下流地域の人々は水不足に苦しむことになりかねません。
森林火災の原因は人為的原因と自然的原因がありますが、自然的原因に絞って見ると、干ばつや気候の乾燥が最も影響していると考えられています。少雨によって土壌が水分を保有できない、防火作用が働かない、炎の勢いを強める強風がふくなど、他の要因も相まって、一度発生した火種は一気に拡大し、手が付けられない状態にまで激しさを増すこともあります。
気候変動によって発生すると考えるイベントはこの他にもありますが、実際のところ、直接的な関係性を示す根拠がないものもあります。
よって、企業が気候変動のシナリオ分析を行う際にも、確かな根拠があるものとないものを区別して、戦略を練る必要がありそうです。
気候変動によって企業が影響を受ける具体的な事例は、例えば保険会社の金融商品です。
自然災害に備える一般市民や企業は、一つの手段として保険へ加入し、損害額をカバーしようとします。自然災害が発生する頻度が高まれば、自ずと負担する保険金額も増大します。
このような自然災害の発生頻度によって支払う対象の保険金額が変動するようなケースでは、保険会社にとっても気候変動は無視できない問題と考えられます。
気候変動によるリスクと機会(TCFDを参考に)
では、気候変動によって具体的にどのようなリスクや機会が生まれるのでしょうか。
以下では、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の開示フレームワークを参考にご紹介します。
リスク
温室効果ガスの排出を削減する取り組みと同時に、企業は気候変動に適応していくために、組織体制の再編成やビジネスモデルの再構築、オペレーションの最適化も行う必要があります。
企業が気候変動に適応する際に発生するリスクが、移行リスクとなります。
移行リスクには、規制リスク、テクノロジーリスク、マーケットリスク、レピュテーションリスクがあります。
規制リスクは、気候変動を悪化させる活動や気候変動への適応を促進する活動に関する国のポリシーへの対応が遅れてしまうことによる、機会損失や罰金リスクのことです。また、気候変動による資産の価値毀損が企業の気候変動対策の遅れと認められ、訴訟に繋がリスクも考えられます。
テクノロジーリスクは、既存の経済システムの破壊と置き換えが、気候変動に適応する際に新しいテクノロジーによって実現される際に、その移行が成功する企業と失敗に終わる企業が出てきてしまうことを指します。
マーケットリスクは、気候変動が重要視されるにつれて、ある特定の商品、製品、サービスの需給関係が変わってしまうことを指します。
最後のレピュテーションリスクは、低炭素経済への組織の貢献度が直接的に顧客やコミュニティの印象に影響を与えるリスクです。気候変動が潜在的な要因だと考えられています。
もう一つのリスクは、物理リスクです。
気候変動による異常な気象イベント(ゲリラ的なもの)や、長期的な気候模様の変化(慢性的なもの)が発生した場合に被る損害のことです。
企業の資産に加えられる直接的な損害があれば、サプライチェーンの破壊による間接的な損害も考えられます。
そのような損害は、企業のファイナンスにも影響を与えることになります。
機会
TCFDは、気候変動に関連する機会を5つにまとめています。
資源の効率化、エネルギー調達、製品・サービス、市場、レジリエンスの5つです。
まず、資源の効率化によって、企業はオペレーションコストの削減を達成することができます。主にエネルギー効率の改善に依るところが多いですが、水、廃棄物、原材料などの利用効率改善も組織の中長期的なオペレーションコストに影響を与えています。
世界全体で低炭素電力への需要が高まっており、その強いトレンドが低炭素電力のコストを急速に減少させ、ストレージ容量を拡大させていることから、エネルギー源を低炭素電力に変更した組織は年間のエネルギーコストを削減できる可能性があります。
さらに、低炭素製品やサービスの開発に成功した企業は、ラベリングやマーケティングで低炭素を強調することで、低炭素市場への移行が進む中で、競争力のある良い位置づけを狙うことができます。
長期の固定資産や広範なサプライネットワークを持つ企業は、気候変動のリスクと機会に応えることができる能力を構築しておくことで、より良いマネジメントが可能になります。このことをレジリエンスと言います。
標準化されたフレームワークやツール
温室効果ガスには、上記の通り、二酸化炭素、水、メタンなどが含まれます。
このような各気体の温室効果の度合いを一つの尺度を用いて表すことを目的としたCO2e(CO2 equivalent)、またはGWP(Global Warming Potential)の単位が国際的なスタンダードとして使用されています。
具体的には、1トンの対象の温室効果ガスの排出量が一定期間に吸収するエネルギー量を、1トンの二酸化炭素(CO2)の排出量と比較した尺度です。GWPで通常使用される期間は100年です。
単位を統一することで、温室効果ガスの中でも最も影響の力の高い二酸化炭素が最終的にどれほど排出されたかを把握することができます。
また、組織のカーボンフットプリントを計算するためのカルキュレーターもいくつか開発されています。カーボンフットプリントとは、商品やサービス、および企業活動によって排出される温室効果ガスの排出量全体をCO2に換算したものです。
代表的なものに、WWF CO2 Footprint Calculator、Carbon Footprint Calculator、MyClimate CO2 Calculatorなどがあります。
このようなツールを使うことによって、組織のおおよそのフットプリントを測定することができます。
しかし、実際に使っていただければ分かりますが、それぞれのカルキュレーターから算出されるフットプリントが必ずしも揃う訳ではありません。
数値のインプットから結果のアウトプットまでの計算過程や前提が違うことが影響していると考えられますが、再現性の低い数値は信頼性が低下するため、企業が炭素フットプリントを開示するとしてもソースの明示を行い、参考程度に開示することが現実的かもしれません。
また、信頼度を高めるために外部機関に検証を依頼し、認証を取得する方法もあります。
フレームワークやツールは現在進行形で開発されているため、企業への適応も常にアップデートしていく必要があるでしょう。
ケーススタディ(企業としての取り組み)
気候変動に対する取り組みのケーススタディとして、インフラ関連セクターの積水化学グループの気候変動への取り組みをご紹介します。
積水化学グループはサステナビリティを進める先進企業で、多くの分野で外部認証の取得、指数への選定が成されています。
定期的に見直される重要課題をベースに、CSR中期計画(2017-2019)とESGにおける重要実施項目(2020-2022)を策定し、設定した目標の達成度を終了年度に自己評価しています。
重要課題は、ガバナンス、DX、環境、人材、融合の5つに絞られています。
今回はこの中から、環境の中の気候変動に着目して取り組みをご紹介します。
積水化学グループでは、2019年に策定された「SEKISUI環境サステナブルビジョン2050」で、環境負荷を低減する取り組みとして、2050年までに事業活動から発生するGHG排出量をゼロにする目標を掲げました。
また、外部から購入する電力の再生可能エネルギー比率を2030年までに100%とする目標、2030年までにGHG排出量を26%削減する目標も掲げています。
さらに、積水化学グループは気候変動による機会とリスクも詳細に分析しています。
詳しい内容はこちらの「積水化学グループの気候変動課題に対する対応(2020)」にありますが、いくつか抜粋してご紹介します。
まず特筆すべき点は、2017年に化学業界として世界で初めて、温室効果ガス削減目標に関してSBT(Science-Based Targets)イニシアチブでの認証を取得したことです。上記でご紹介した2030年までの削減目標がそれにあたります。
パリ協定の目標を達成するために、科学的根拠のある意欲的な水準であることの証明になります。
GHG排出量削減に取り組む上で、サプライチェーンマネジメントは非常に重要です。
積水化学グループは、サプライチェーン上のGHG排出量を分析し、どの段階での排出が最も影響を与えているのか、なぜ排出量が多くなっているのか、などの現状分析を行い、重点的で効果的な取り組みの数々を明言しています。
GHG排出量に関するデータも、事業活動によるGHG排出量の内訳として、生産時の排出量、研究所・オフィスの排出量、輸送時の排出量、サプライチェーンでの排出量が、算出方法と共に、詳細に開示されています。
そして、TCFD提言の一つである戦略の領域では、シナリオ分析が行われています。
公的に信頼度の高いIPCCの第5次評価報告書のシナリオをもとに、2℃シナリオと4℃シナリオを想定し、移行リスクと物理リスク、及び機会の分析を詳細に行っています。ビジネスと戦略に与える影響、そして財務計画に与える影響の記述があります。
具体的な事例として、2℃シナリオと4℃シナリオを縦軸にとり、共通性の高いドライビングフォースである都市の「集中型」と「分散型」を横軸に取った独自のシナリオが紹介されています。
①脱化石スマート社会、②循環持続社会、③地産地消社会、④大量消費社会の4象限に分けてそれぞれの社会でのリスク、機会、グループとしての対応が開示されています。
詳細は、PDFをご覧ください。
以上のように、積水化学グループは気候変動に対するコミットメントが高く、設定するビジョンや目標を実現するための確かな軌道を描いています。
また、「SEKISUI環境サステナブルビジョン2050」では、「生物多様性が保全された地球」の実現も掲げられています。
気候変動と同じく、エコシステムへ与える企業の影響および受ける影響を調査することは容易ではなく、コミュニティとの密接なエンゲージメントや持続可能なエコシステムを可能にする要因の分析が別に必要になると考えられます。
気候変動に加え、生物多様性に対する積水化学グループの取り組みも非常に興味深いです。
まとめ
本記事では、気候変動に関するコンテンツを執筆しました。
こちらに書かれている内容は、気候変動に関連する問題のごく一部の情報であり、業界や事業規模によって企業として取り組める範囲も変わってきますし、気候変動によって企業が被る被害や享受できる機会は上記に限られるものではありません。
しかし、広範な気候変動の問題の要点を簡潔にまとめた本記事を通じて、気候変動問題に取り組むための足がかりになる知識をご提供できたなら、非常に光栄です。
気候変動はサステナビリティ問題の中でも注目度が高く、企業の活動に加え、投資家サイドの積極的なイニシアチブも近年では見られます。
今後、当分の間は気候変動がビジネスを動かす台風の目となることは間違いありません。
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