Human Rights

1948年、全ての人類に適用される「世界人権宣言」が国連によって採択されました。

世界人権宣言の中には、人間が生来持つ最低限の権利が定義されており、いかなる場合でもそれらの人権が侵害されることがあってはならないとしています。

人権こそが、最も汎用的で基本的な人間としての権利であり、侵害、乱用されてはいけないものだと考えられます。


しかし、人権が明白に定義されているにも関わらず、世界には人権侵害とも思われるような出来事がたくさん起きています。

人種差別、難民問題、性差別、児童労働、強制労働などは最もメジャーで、SDGsでも指摘されているものになりますが、人権の侵害に当たる行為はこれらに限定されておらず、採択された規約や定めた方針に準じて人権を保障する必要があります。


人権尊重において、企業活動はとても重要な役割を担っています。

グローバル社会で人権尊重の声はますます高まっており、どの企業、個人も人権を尊重しない慣行を行う企業や活動とは関係を持ちたくない、そのような組織と関係があると思われたくないと認識するようになっています。

この傾向は特に若い世代で顕著に見られており、企業の採用活動にも影響を与えるものと考えられます。


サステナビリティに取り組む企業はもちろんのこと、取り組みが進んでいない企業においても人権はまずおさえておかなければならない基本的な問題です。

そこで、以下では人権の概要、近年注目されている人権とビジネスの関係、さらに人権に取り組む先進的な事例などについて見ていきたいと思います。



世界人権宣言の原則の理解

世界人権宣言は、第一条から第三十条で構成されています。

詳細を知りたい方はこちらの原文を見ていただければ良いと思いますが、以下ではいくつかのポイントに絞って簡潔にまとめています。


平等と自由

第一条で、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。」と明言されています。

これは、全ての人間は人間である以上、他のいかなる要因によっても差別されず、人間として平等に扱われる権利と尊厳を有するということです。

また、言論の自由、宗教の自由、結社の自由など、原文の中でも自由に言及する箇所が多く、人権において自由という概念が重要な要素の一つであることが分かります。

どのような行為に対して人間の自由が保障されているのか、各条文で明瞭に示されています。


法による保護と義務

まず、人権が保証される制度や仕組みが構築されている社会であることが前提ですが、人は国の法によって保護され、その法の下で義務が発生します。

国際人権規約に準拠する形で国が規制や法律を施行し、国民は定められる権利がはく奪された場合、正当なプロセスを経て権利がはく奪されたことを訴え、権利を主張することができます。

人間が権利をはく奪された場合に、公正で正当な形で法的措置を取れるように国が環境を整備し、人間の救済へのアクセスを保障しなければなりません。


正しい解釈と実践

人権宣言の最後に言及されていることに、すべての人は人権を有するが、それらの人権を他人の人権を侵害するために乱用してはならないということが示されています。

この点は非常に重要で、人権が人の自由や平等を保障しているものであっても、人権が保障されているからといって何をしてもよいということにはなりません。

人権が適用される領域は採択された規約に限定されず、どのような場面でも善良な市民や組織としての責任ある倫理的な判断と行動が求められます。



ビジネスと人権

2005年、当時明白にされていなかった人権とビジネスの関係を明らかにする国連プロジェクトの特別代表として、ラギー教授が任命されました。

彼はプロジェクトの中で詳細な調査とコンサルテーションを行い、2008年、その後のビジネスと人権に関する原則の草案となる最終レポートを公表しました。


レポートを元にさらなる議論、調査が行われた結果、内容が「The Guiding Principles on Business and Human Rights(ビジネスと人権に関する指導原則)」に集約され、2011年、国連人権委員会は指導原則を指示することを正式に表明しました。

この原則が、今日のビジネスと人権の関係を検討する枠組みの基礎となっています。


以下では、ラギー教授が報告したレポートの核となり、原則のフレームワークともなっている3つの要素をご紹介します。(参照:The UN "Protect, Respect and Remedy" Framework for Business and Human Rights


Protect(保護)

人権の保護は、適切な政策、規制、裁定を施行し、ビジネスを含む第三者による人権侵害から人間を保護するという国家の義務です。

ラギー教授によると、国の人権保護に関する課題は既存の法律を適切な形で施行できないことであるとしています。

ビジネス慣行を直接的に形成する当事者たちが多くの場合、国の法や規制を形成する当事者から独立しており、国の人権に関する法と実行との間に矛盾が生じることが背景にあります。

そこで、矛盾のない効果的な法の制定、人権を尊重する企業文化の醸成、意見が衝突する領域で企業を正しい方向へと導ける革新的な方針などで、企業の人権保護を国が後押しすることが期待されます。


Respect(尊重)

人権の尊重は、人権を尊重する企業責任です。

本質的に他者の人権を侵害しないように、デューデリジェンスを行うことを意味します。

企業は事業活動、および他のパートナーとの関係を通じた活動の中で生じる人権侵害、そして、操業を行う地域、国の法や環境による特有の課題を考慮する必要があります。

国際的に合意される各種のフレームワークに準拠することは他の社会、文化、経済、労働に関する課題にも対処することにも繋がり、デューデリジェンスを行うことは事業活動上の潜在的な人権インパクトを認知、防止、対処することにもなります。

上記に基づく行動を行うことで、企業は人権を尊重していることを対外的に表明できます。


Remedy(救済)

人権の救済とは、被害者が持つ司法および非司法の効果的な救済策へのアクセスのことです。

救済へアクセスできる効果的なメカニズムを構築することは国の義務であり、企業の責任でもあります。

国による人権を救済するための司法的、非司法的メカニズムと共に、エンゲージメントやダイアローグを通じた企業の効果的なオペレーションも必要とされます。


以上の3つの要素が支援しあうことで、人権が保障される社会的システムの実現に近づきます。

特に企業は、人権の尊重と救済に取り組むことで貢献できると考えられます。



企業のコミットメントと実行の乖離

上記でご紹介した人権の指導原則やフレームワークは模範的な内容ですが、現実的に企業の行動にそのまま反映させることが難しい場合があります。

また、企業として人権に対する方針を掲げていても、コミュニティや環境によって適用される文脈が変化し、理想的な適用が成されていないこともあります。


以下では、特に近年議論されている代表的な人権に関わるトピックについてご紹介します。


Covid-19

女性、こども、難民、移民、民族グループ、障がい者など、社会的に脆弱なグループの多くは企業のサプライチェーンに関係していますが、彼らの生活がCovid-19によって影響を受ける可能性があります。


リモートでの作業が困難な仕事に従事する労働者はCovid-19の感染可能性が高まります。そのような仕事上の都合であっても家をでなければならない個人は、マスクや消毒液などの感染対策グッズが必要になります。

さらに、健康上の被害に加え、工場の稼働や企業の操業が止まってしまえばサプライヤーは支払いを受けることができず、アウトソーシングで製造を行う企業であれば現地の従業員が安定的な賃金を受けることができないと考えられます。

また、リモート体制での会議や取引も今では普通に行われるようになりましたが、社会的な交流が減ったり、会社との繋がりが薄くなったりすることで、従業員のメンタルヘルス、会社へのエンゲージメントなど、他の側面での問題も発生しています。


Covid-19の影響は産業・業界によって違いがあります。

Covid-19による影響が特に大きいと考えられる業界は自動車、農産物、アパレル、採掘産業、ICT製造です。(ソース:Covid-19 and Human Rights

上記の業界に属する企業は世界中に拡大されたバリューチェーン上に抱えている従業員も多く、現地と協力したマネジメントが必要と考えられます。

企業によっては人権を尊重するためのメカニズムや方針がCovid-19の前から整備されていたため、Covid-19への対応も一から構築するのではなく、既存のシステムの延長線上で必要な対策を行うこともできました。

対応の違いによって企業の非常事態へのレジリエンスの高さも垣間見えた機会です。


そして、Covid-19への対策は人権を尊重することにも繋がります。

現在脅かされている危険の多くは人間の基本的な人権に関わるものも多いため、人権を尊重することを期待される企業は、このCovid-19を経てさらに人権が守られるような体制をバリューチェーン上で構築する必要があると考えられます。


自然資本

自然資本はサプライチェーン上の初期の段階で調達が行われるものであり、多くの企業にとって重要な過程の一つです。鉱物、エネルギー原料、農産物などの自然資本の調達は資源が豊かで比較的貧困な地域で行われることが多いです。

資源に恵まれながらも経済発展があまり進んでいないコミュニティでは、外国企業による労働搾取が行われる可能性が高くなります。


例えば、農産物を調達する場合に懸念される事項として、強制労働に繋がるような文書の没収、借金による束縛、言葉による虐待、身体的虐待、無許可の賃金控除、未成年者の仕事などがあります。

また、女性労働者の多くは、危険な状況、低賃金、差別に直面する可能性がある上、雇用が不安定になる傾向があり、自分の権利を知らないために懸念を表明することができません。

それに加えて、土地、水、天然資源は、それらに依存するコミュニティの生活に影響を与えないような適切な予防措置、また同意なしに使用または取得されることがよくあります。


採掘産業で懸念される事項としては、無責任な治安部隊による虐待、コミュニティの土地、水、その他の自然資源に与える影響を通じた人々の生活の損失、先住民グループの了承なしでの操業開始などがあります。

また、労働者たちは、健康と安全が損なわれたり、自由に集団で結社し効果的に交渉することへの障壁によって苦しむ可能性もあります。


コミュニティでの企業の操業が現地の生活や自然資本に影響を与え、原則に基づいて経済的、社会的発展を妨げていると判断された場合、コミュニティの住民、労働者によって訴訟を起こされることもあります。

現在でも多くの地域で、エネルギー業界、農業業界、林業などの自然資本を必要とする事業に従事する労働者や操業を行う現地の人々の人権が侵害され、労働搾取が行われています。


テクノロジー

近年のテクノロジーの発展は、人権に良い影響と悪い影響を与えると考えられています。


良い影響は、人権や社会のポリシーやヘルスケア―に関する情報へのアクセス、利用可能性、質を向上させ、より多くの人々が知識を獲得したり、同じ考えや経験を持つ人々と容易に繋がったりできるようになりました。

テクノロジーは情報の透明性を高め、社会的に不平等な扱いを受けているときに事象を認知し、権利を主張し、助けを請うことを可能にします。

人工知能を利用したテクノロジーには、バイアスによって生まれる様々な差別を取り除くことを可能にしたものもあり、採用や処遇の決定などで併用されることが想像されます。


悪い影響として、労働が自動化し、作業を行う人間が機械に置き換えられることによる、仕事の損失、賃金低下への圧力を通じた経済的不平等のさらなる加速が考えられます。

人間が機械に取って代わられるような柔軟性の高いポジションは、一定の人間には利益となりますが、同時に人々の生活水準に影響を与えます。

ギグエコノミーの発展によって既存の仕事スタイルが変化し、多くの新しい機会も生まれていますが、そのような新しい社会の発展と共に疎外される人々を生まないようにしなければなりません。



ケーススタディ

人権に関するビジネスケースとして、利害関係者との関係改善、リスク評価と管理の改善、消費者からの抗議リスクの低減、企業の評判とブランドイメージの向上、操業するためのより安全なライセンス(法的、社会的)、株主の信頼強化、および政府、ビジネスパートナー、労働組合、下請け業者、サプライヤーとのより持続可能なビジネス関係などが考えられます。

(参照:Module1 1.4, Human rights & Business Learning Tool, UN Global Compact)


企業は上記のような観点から、自社のオペレーションや行動を評価し、あらゆる従業員の人権が保障されるような環境に改善していく必要があります。

以下では、人権に取り組む先進的な企業の事例をご紹介します。


The Hershey Company

チョコレート商品のブランドを展開するアメリカのハーシーズは、人権への取り組みが高く評価されています。

ハーシーズが公表している人権ポリシーを参考にすると、人権問題の領域の中でも特に10つのトピックに的を絞った取り組みを行っています。

苦情処理メカニズムへのアクセス、水と衛生設備へのアクセス、児童労働、気候変動、森林伐採、強制労働と人身売買、土地の権利と取得、生活賃金と収入、安全と健康、女性の権利とエンパワーメント、の10つです。

社内外のステークホルダーとのエンゲージメント、人権問題に関する調査やエンゲージメントの内容を参照にしたワークショップなどが行われ、優先順位が決定されます。

その後、同じステークホルダーと対話を行い、現実性や有効性を確認します。

最終的に責任を持つ委員会によって承認され、原則と共に社内外に正式に公表されます。

企業としての重要課題とは別に、人権での重要課題特定を行っています。


具体的な人権デューデリジェンスに、企業の行動規範、サプライヤー向けの行動規範をベースにした責任調達サプライヤープログラムがあります。

外部組織のVeritéと協働して、バリューチェーン上の高リスクと中リスクの成分および材料の原産国評価を行い、特にココア、砂糖、乳製品、パーム油に関連するサプライヤーはリスクが高いことが分かっています。

高リスクのサプライヤーは優先的にプログラムに入るように求められます。2021年までに100%の高リスクサプライヤーをプログラムに含めることを目標としています。

また、上記で高リスクとされているココア、砂糖、乳製品、パーム油に関する調達方針やデューデリジェンスプロセスは、既存のサプライヤー行動規範とは別に規定されています。


さらに、Covid-19に対する取り組みも幅広く行っています。

パンデミックの流行によってどのようなリスクや危険性がバリューチェーン上に生まれるのかを調査し、未然に防ぐための効果的な策を提供しています。

例えば、支援が最も必要とされる個人やコミュニティに対する寄与です。現在までに、世界中で200万円以上の金銭、物資を寄付しています。

寄付に加え、アメリカのペンシルベニア州と協働して、治療に必要な医療物資を運ぶために一時的な物流スペースを余分に提供したり、マスクなどのヘルスケアグッズの増産に資金を投じ、従業員とその家族、および非営利組織や現地で最低限度のサポートが必要とされる外部の組織にも無償で提供を行ったりしています。

オペレーションでは、小売販売チームの従業員に対して混雑時間を避けて入店できるようなフレックスアワーの奨励、お客様との接触を減らすためのテレアシスタントの導入、感染予防ガイドラインの徹底、コミュニティで食糧供給をサポートできるインセンティブの提供を行っています。


ハーシーズは、創業当時からの人を大切にする文化やコネクションが従業員全体でCovid-19に対して共に戦うことを可能にし、不安定な時期だからこそ、ハーシーズのパーパス、価値観、良さに忠実であり続けることが重要だと考えています。



まとめ

人権規約を詳細に見ていくと、日常的に言語化する機会が少ないだけで、ほとんどが人間にとって基本的な権利であることが理解できます。

しかし、人間の理解と行動には乖離があることがしばしばです。


個人や組織が人権の重要さや内容を理解していても、日常的で身近な環境の中で人権が保護、尊重されるような行動、また人権がはく奪された場合に救済が行われるようなサポートができているとは限りません。

原則は広く適用されることを想定したものであり、よって原則を実行する際にはその原則を実践する個人や組織が置かれている環境に応じて解釈し、より詳細な内容に詰めて実行に移す必要があります。


しかし、企業が人権に関する取り組みを行う場合、企業がグローバルに活動を行っているほど、バリューチェーン上で目が行き届かない場所が出てくることがあります。

SDGsで掲げられている「誰一人取り残さない」社会を目指していく上でも、社会的に脆弱な立場にある人々を包括していかなければなりません。


世界的に人権が保護される社会を創造していくために、企業の積極的なリーダーシップが必要不可欠です。

ただ単に「正しいことをする」だけでなく、人権に対する活動をビジネスの機会として捉え、人権の支援を行うことが重要です。

今後、企業に求められることはビジネス業界でロールモデルとなり、他の企業や産業全体へ人権の取り組みを普及し、イニシアチブのもとで力強いパートナーシップを形成してくことにあると考えられます。


なお、本記事では基本的な人権に関する内容を執筆しましたが、より踏み込んだトピックであるジェンダー問題、児童労働問題などは別の記事でご紹介します。


キャスレーホールディングス株式会社

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