Well-being
ウェルビーイングには広い意味があります。
抽象度の高い言葉は、言葉が使われる文脈、置かれている環境・状況、土地の価値観・文化などによって、解釈の仕方が異なるからです。
よって、人間の幸福度、経済的豊かさ、公共サービスへのアクセシビリティなど、多くの側面からウェルビーイングを評価することが最も望ましいと考えられます。
人間のウェルビーイングを向上させるためには、もちろん、様々な側面から取り組みを進めていくことが効果的だと考えられますが、企業が網羅的に実施していくとき、利益に繋がるか不明瞭な対象にまで投資を行うことは非現実的だと思われます。
ビジネスは一般的に、特定の対象に特定の製品やサービスを提供するため、できることが限られている、あるいは企業で働く従業員のプライベートな生活まで影響を及ぼすことは難しいなどの様々な弊害があります。
このように、ウェルビーイングに寄与できる余地を見つけ出すことはなかなか難しいものです。
では、実際のところ、企業が人間のウェルビーイングを向上させるための方策はないのでしょうか?
本記事で執筆するテーマは、企業視点の「ウェルビーイング」です。
世界のサステナビリティ先進企業の事例などを参考にしながら、ビジネスとウェルビーイングの関係について、今一度考えてみましょう!
本記事では主に3つのことが分かります。
- 企業が貢献できる人間のウェルビーイング
- ウェルビーイングを実現する職場環境作り
- 従業員のウェルビーイングを向上させる企業の実践例
原点回帰!そもそもウェルビーイングとは?
コロナが流行し、多くの方々が自身の健康に気を使うようになりました。
企業からヘルスケアアイテムが支給されたり、レストランやお店でソーシャルディスタンスが徹底されたり、感染リスクを抑えるための様々な対策がいたる所で実施されています。
また、緊急事態宣言の発令後には、外出・出社をする機会が減り、家で過ごすことが増えました。
社会的交流は生活に多くの恩恵をもたらす重要なものですから、交流の機会が減ったことで精神的充足やクリエイティビティ、レクリエーションの要素が減った方もいるのではないでしょうか。
これらは、いずれも人間のウェルビーイングに関係する現状です。
健康状態が維持できなくなれば仕事や周りの人に影響を与え、社会的交流が減ることで孤独感が増せば精神的な病を抱えてしまうケースも考えられます。
人間としてウェルビーイングを望むことは一つの権利であり、また個人の可能性を最大限に発揮させる基盤を形成する重要な要素とも言えます。
よって、私たちは健康や感染対策などの身体的側面、社会的交流による充足感・幸福感などの精神的側面、さらに必要最低限の生活水準を満たすことができる能力などの経済的側面、様々な側面から人間の生活がより良いものとなるように行動しています。
企業として、この各個人のウェルビーイングが良い形で実現されるような環境整備や製品開発を行っていく必要があると考えられます。
では、ビジネスに関係するウェルビーイングとして、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか?
以下ではその一例をご紹介します。
顧客のウェルビーイング
顧客のウェルビーイングは、想像しやすい方も多いかと思います。
企業の製品やサービスを通じて貢献できる顧客のウェルビーイングです。
具体的な事例を考えてみましょう。
消費者の生活必需品の一つである食品は、企業が製品やサービスを通じて顧客のウェルビーイングに寄与することができる良い事例です。
私たち消費者は健康を維持するために、食事、運動、生活習慣、ワークライフバランス、余暇の過ごし方、様々な領域で多くの人がウェルビーイングの実現にむけた行動を取っているでしょう。
その中でも、食事は人間が体に必要な栄養素を補給する重要な栄養源となります。
農業・水産、食品加工、卸売・小売など、私たちが口にする食品は誰かの手によって生産されている訳ですが、どのように生産されたか分からない食品を口にすることは、安全面や衛生面で少し抵抗感がありますよね。
また、食品に化学物質を使用して人工的な甘さを加えたり、不健康的に育成された動物から食品が生産されていたりすると、私たち人間が本当に必要としている栄養素を十分に補給することができるのか疑問に思います。
この場合だと、顧客のウェルビーイングは「食品に対するインテグリティ」「高い栄養を供給できる食品の研究開発」になるでしょう。
最近、話題になっている代替肉も、顧客の肉を食べたいというニーズとより健康的な食品を食べたいというニーズの両方を満たす画期的な商品です。(海外では、一般的ですが...)
文化的背景で、食すことのできる限られた原材料から食品のバラエティーを増やすことができるという観点では、ヴィーガンのウェルビーイングにも寄与しているでしょう。
従業員のウェルビーイング
企業にとって最も関心の高いウェルビーイングは、やはり従業員のウェルビーイングではないでしょうか。
従業員が良い状態であることは、仕事の生産性や事業の利益に繋がるだけでなく、社内の良い職場づくり、文化形成、さらに様々な取り組みへの協力が得やすい環境づくりにも繋がります。
企業が貢献できる従業員のウェルビーイングには、以下のようなものが考えられます。
一つ目は、ワークライフバランスを意識し、従業員が自らのウェルビーイングを優先的に考えながら仕事ができるような環境を形成することです。
コロナが流行してからリモートワークが日常的となり、従業員の反応も様々です。
「もっと社会的交流をしたい」「子供や家族がいるので、家での切り替えが難しい」という出社したい側の声もあれば、「リモートワークで自分の時間が増えた」「住む場所を選べるようになった」というリモート勤務に賛同する声もあります。
今後、コロナが収束した暁には、企業は従業員に柔軟な働き方を可能にするいくつかのオプションを提供する必要があるかもしれません。
また、それはこれまでのオフィス環境を変えるものであり、ソーシャルディスタンスを保ちながら社会的交流ができる余地を残したオフィス環境を実現するために、利用する不動産も変える必要があるかもしれません。
二つ目は、安全の確保、健康の維持など、労働者の基本的な人権を擁護することです。
当たり前だと捉えられるかもしれませんが、口に出すことができない状況で望ましくない労働環境で働いていたり、労働者がぞんざいに扱われて不当な処遇を受けたりする現状はいまだによく耳にします。
前回執筆したEHSSの記事でも、現場の安全に対する高い意識を醸成する必要があることを説明しましたが、従業員のウェルビーイングをケアする際にも、良い職場環境を築くためのガイドラインやポリシーだけでなく、従業員の積極的なエンゲージメントも必要となります。
つまり、彼らの声にどのように耳を傾けるのかが重要となります。
意見を聞きたいという姿勢を見せることで、従業員が自分の存在意義を感じ、帰属意識が高まることも考えられます。
エンゲージメントも自動的に高まるものではありませんから、従業員のウェルビーイングにコミットするという方針を内外に示していくことで、従業員の意識も高まり協力を得やすくなります。
その他、残業時間の徹底したコントロール、産休や育休の取得のしやすさ、フェアな競争環境なども、従業員のウェルビーイングに関係します。
何をもって従業員のウェルビーイングを実現するのか、それ自体に企業の考え方や方針が反映されているでしょう。
従業員のウェルビーイングにフォーカス!理想的な職場環境
従業員が自分自身の能力を最大限に発揮し、コロナのような非常事態における労働環境の中でも深くコミットできる仕組み作りをする企業が最近増えています。
サステナビリティに取り組むことは、世界、企業、人々が長期的に発展することに繋がります。
職場環境におけるサステナビリティは、例えば、強いパーパスの意識による生産性の向上です。
企業によって従業員のウェルビーイングに対する優先度に違いはあると思いますが、企業にとって重要な資本の一つである人的資本をケアすることは、企業の成長に繋がることであり、長期的な人間の能力発展という観点ではサステナビリティに資することにもなります。
では、従業員のウェルビーイングを向上させる職場環境となっているかについて、国際機関が提供するガイドラインに従ってチェックしてみるという方法があります。
以下では、「WHO Healthy workplace model」というWHOが発行しているガイドラインの中から、良い職場を作るために必要なポイントを抜粋しています。(p.62-65)
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①共通の価値観に基づいた上層部の関与
職場改善プログラムをビジネス目標や事業価値に統合することが最終ゴールであり、重要なステークホルダーからの支持を予め得ておくことが重要な初めのステップ。
その支持をポリシーという形にまとめ署名をもらうことで、共通の倫理観や価値観の下でコミットメントを得ることができ、組織のビジネス戦略の一つとなる。
②従業員と現場のリーダーの関与
プランニングから実行、評価の段階に至るすべてのステップで、現場の従業員とリーダーに有意義な形で関与してもらうことが、プログラムを成功させる重要な要素の一つ。
彼らがプログラムについて、ただ単に知らされた、相談されたという状態にしてはいけない。
ジェンダー問題によって女性が意見を言いにくい、現場と上層部の考えに乖離がある場合には、特定のグループを編成し現場の生の声をデータに反映させられるような仕組みが必要となる。
③ギャップ分析
現状のベースラインデータを回収し、従業員からニーズを聞き出し、現状の問題の原因を特定する。
そして、企業で働く従業員にとって最も重要で大きなインパクトを与える対象を、サーベイや他のツール、外部リソースなどを利用して抽出し、理想の職場状態を定義する。
地域や場所、働く人々の文化的背景によって重要なものは異なるため、都度調査が必要。
④事例調査
職場改善にチャージされた多くの人は、実践するための知識や情報が欠けている可能性が高いため、取り組む対象が決定した後は、自社と似たような組織に訪問して効果的な取り組みが行われていないか調査する、あるいはWHOを初めとした有益な情報ソースから知識や専門性を獲得することが望ましい。
⑤サステナビリティ
職場改善プログラムの実践をサステナブルなものにする方法として最も重要なことが、事業の戦略的なビジネスプランに含まれていることである。
その他、継続的な評価と改善も重要である。何が有効に働いたかを特定できる。
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WHOのフレームワークは職場の安全に対する意識を高め、病気の負担や経済的コスト、長期的な人的資本の損失に挑戦することが主な目的となっていますが、上記でご紹介した安全な職場を築くプロセスは、ウェルビーイングを初めとする職場の様々な問題に取り組む共通ステップとなるでしょう。
ケーススタディ
従業員のウェルビーイングを企業の重要課題の一つとして捉え、積極的に取り組む企業を紹介します。
Accenture
テクノロジーを利用したソリューションを提供するグローバルリーディングファームであるアクセンチュアは、かねてからサステナビリティの取り組みを積極的に行っています。
今回は、その中でも従業員のウェルビーイングにフォーカスした内容をご紹介したいと思います。
アクセンチュアは、従業員とシニア層に対して労働環境を改善するためのアンケートを定期的に実施しており、2020年9月に公表された結果では、6つの領域で従業員がよく感じているかどうかがその人のポテンシャルに大きな影響を与えていることが分かりました。
①Emotional & Mental(感情&メンタル)
ポジティブな感情を保ち、精神的な健全性を維持している
②Relational(関係性)
強い帰属意識とインクルージョンを感じている、職場で多くの個人的な関係性を築いている
③Physical(身体)
身体的に健全で、日々の一般的なストレスに耐えられる
④Financial(経済)
不当な経済的圧力なしに、経済的に守られており、将来の安定や成長のための公正な機会を持つ
⑤Purposeful(目的)
世界に良い影響を与えられる、そして、その人生に大きな意味と個人を超えた目的意識を感じられる
⑥Employable(雇用適正)
市場価値と需要がある能力と、良い仕事と将来のキャリア形成が望めるスキルを獲得する
この6つの領域にフォーカスしたモデルを、アクセンチュアは”Net Better Off”とよび、モデルの各領域に指標やメトリクスを設定しながら、継続的な対策と支援を全社的な戦略として行っています。
従業員のウェルビーイングを高めることが事業の利益にも貢献するという考えから、“Sweet Spot Practices”という取り組みも行っています。
詳しくは、こちらのページをご参照ください。
まとめ
ウェルビーイングは奥が深いです。
人間のウェルビーイングは大切だ、私たちは従業員のウェルビーイングを重要視している、顧客のウェルビーイングに取り組む、と公言するだけでは、具体的な行動が見えず説得力が薄いです。
まずは、自分たちが貢献したい、貢献できる人間のウェルビーイングは何かをしっかり定義することです。
業界や事業内容によってそれは様々になると考えられますが、労働者の人権や法などの必ず守らなければならない対象と、企業が独自にポジティブインパクトを生み出すために行う対象を意識して戦略を立てていくことが一つの方法です。
もちろん、製品やサービスを通じた顧客のウェルビーイングへの寄与もありますから、方法はたくさんあるはずです。
企業のサステナビリティに含まれるべき人間のウェルビーイングについて執筆しました。
この記事が、ウェルビーイングについて考え直すきっかけとなりましたら幸いです。
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